忍者ブログ

ブログ Gのyume

Gゲージの軽便鉄道や森林鉄道など自作日本型鉄道模型を中心にしています。DCCサウンドにも取り組んでみました。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

軽便鉄道という言葉も死語になりつつあるのかも知れない

下津井の写真は結構撮ったものである。その中に数枚自分で気に入っているのがある。当時の思い入れと相まって懐かしくもありすこしばかり悲しみにも似た気さえしてくる....。軽便鉄道とかいうものもやがて忘れ去られてしまうのだろう。


照りつける日差しの中、なぜか景色が白っぽく感じて....。(備前赤崎)
 
夏の暑い日であった。もう電車のこない駅。雑草が生い茂り、レールも無くなっていた。(下津井駅)
PR

時々めくってみるアルバムの中の下電クハ24

車長はかなりあったようだが10トンしかない。定員は90人もあったとは。

九十九里の客車はさほど力がはいっていないのか?窓抜きをコツコツ始めるというところである。窓は全開では面白くないしどこを一部閉めた状態にするかまた悩む。どうでもよいことではあるが.......。


仕事があるともう外になかなか出かけることもなくなった。それに齢を重ねるとおっくになる。思えば若いころにしたいことをしておくというのもわるくはない....。たまに開いてみるアルバム。昭和56年夏、下電。まだ瀬戸大橋もない時代であった。軽便らしい軽便ももうここくらいだったのかもしれない。クハ24の運転台である。こうしてみるとやはり幅が狭いのがよくわかる。観光客などいない。下駄をはいたおばさんが乗ってきたりする....。阿津の駅など軽便ムードたっぷりなところだった。
 

「下松べんけい」が走っていた...

こちらは「赤いクレパス号」だったか。下の写真より数年前であったと記憶している。観光客もほとんどいないときだった。数ある写真の中でも私の一番お気に入りである。コンパクトカメラで撮った気がする..。乗車したことのある方ならこの電車の揺れ方を忘れることは無いのでは...(笑)。座席から放り出されるほど激しく揺れたものです。右の洗濯物がなぜか似合う電車ではないでしょうか?
 

ある日さほど広いとは思えない構内を「下松べんけい」が元気よく走っていた。明治40年国産製とのこと。ここの構内で、解体・完全修復作業がされたらしい。この機関車のことはそれ以前から知っていたのだがまさかここでお目にかかるとは、それも動いているのに合えるとは驚いてしまった。

観光鉄道に生まれ変わろうとしていた下電


このような切符が発売されていた。廃線後しばらくして児島から下津井まで歩いてみた。写真の場所の右方向藪に覆われ進路断念したことを思い出す。


メリーベルの車内である。とても明るく観光鉄道らしいというか遊園地の電車の雰囲気であった。座席のシートはとても明るく天井は淡いピンク。バス用の座席を使っているのであろうか? 揺れも騒音も他の車両に比べるといくらかましであったが如何せん軽便である、揺れた。運転手の服装が少しばかり違和感を覚えるものだった。なにかの製造工場からそのままやってきた感じだった。


アルバムのページをめくっていると懐かしい。カメラでちょっとコピー。この日1988,4,24だったと思う、とても良い天気だった。フジカラー色の緑とメリーベル号の赤色のコントラストが眩しい。駅舎には何か飾り付けがしてある。何度も出かけたところだった。でもいつもなぜか軽便という感じがしない鉄道だった。この日はメリーベル号に何度か乗車する。瀬戸大橋が開通して記念行事が行われていたような気がする。

カレンダー

06 2018/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

[06/23 Bigboy]
[11/24 bigboy]
[07/05 Bigboy]
[05/17 星利一]

プロフィール

HN:
gensansfantasy
性別:
男性
職業:
人間
趣味:
鉄道、音楽、空想
自己紹介:
60代の遅れてやってきた「鉄」

バーコード

ブログ内検索

P R